パート主婦の働き方改革その④ ~ 106万円を超えると「働き損」になる?~

今回は、パート主婦の社会保険適用拡大による実生活と将来の年金額への影響についてお話を進めていきます。

 

専業主婦世帯と共働き世帯の比率は今どれくらい?

内閣官房の全世代型社会保障構築会議(第7回)の資料によれば、現在、専業主婦世帯は571万世帯、共働き世帯は1,247世帯で推移しています(2021年時点)。共働き世帯が専業主婦世帯の2倍以上がデフォルトの時代になっています。

内閣府:全世代型社会保障構築会議
(第7回)

 

また配偶者(主に夫の被扶養配偶者である国民年金第3号被保険者の妻(パート主婦も含む))は763万人となっています(令和4年3月末)。

さらに、厚生労働省2016年実態調査によると、夫に扶養されているパート主婦の約45%は年収100万円未満、約73%が年収130万円未満で働いており、パート主婦全体の約8割の方が年収130万円未満で働いている状況にあります。

 

厚生労働省:雇用の構造に関する実態調査
(パートタイム労働者総合実態調査)

 

なぜ多くのパート主婦は130万円未満で働いているのか?

主な理由として、


・自分で税金を払わなくて済むから。
・夫の会社からの家族手当が支給されているから。
・自分で社会保険料を納めなくて済むから。

といった回答が返ってきます。パート主婦全体の約8割の方が年収130万円未満で働いている状況はこの結果からもうかがえます。

 

短時間労働者の社会保険適用拡大にともなうパート主婦から寄せられる相談。「パート収入は106万円に抑えた方がいいの?」

40代の女性Aさんは結婚を機に会社を退職し、現在はお寿司屋さんのホールスタッフでパート勤務をしています。勤務時間は9:00~14:00までの5時間、休憩なしで働いています。

「今は夫の扶養に入っていて、自分で社会保険料を払わずに済んでいますが、今後もパート収入を年106万円未満に抑えるかどうか迷っています。短時間労働者の社会保険適用拡大が進むなか、年収106万円を超えて働いた方がいいのか、それとも今まで通りの働き方でいいのか悩んでいます。106万円を超えると、働き損になるのではと思ったりもします。どうすればいいのでしょうか。」

 

「パート収入は106万円に抑えた方がいいの?」専門家の回答例

【一般的な専門家による回答】


「パート勤務でも厚生年金に加入できる条件で働けるのであれば106万円を超えて働くことがよいと思います。パート主婦でも厚生年金に加入することで将来の年金額が増えて長い老後に備えられるからです。厚生年金に加入すると、将来の老後の年金だけでなく、万が一のケガや病気に遭った場合は障害厚生年金や傷病手当が支給され、より手厚い保障が受けられます。」

 

【中野社労士による回答】

 

「ご家庭の状況によると思います。目先の金額だけにとらわれず、家庭生活のことも考えて、ご自身の働き方を考える必要があります。

40代の子育て世代のパート主婦の多くの方は、子どもの習い事の送り迎えや、家での掃除、洗濯、ご飯の支度など、多くの家事を担っています。(家事割合が多い)。また、40代パート主婦は「子育ての余力は残したい」、「扶養の範囲で働くのが現実的」と考えておられる方が多数を占めます。

 

1年間パートで働いて増える厚生年金報酬比例の額は年額5400円。

数字だけで考えてみると、パート主婦が短時間労働者として賃金月額8.8万円(年収約106万円)をベースに社会保険に加入すると考えた場合、支払う社会保険料は12,500円(本人負担分)、年額にして15万円の保険料が給与から天引きされることになります。

1年間パートで働いて、厚生年金加入した場合に、将来65歳からもらえる厚生年金は年額5,400円です。言い回しを変えると、「月に12,500円の保険料を払って、将来戻ってくる年金は月450円ということです。」(パート主婦の働き方改革~いったいどう働けばいいのよ編~その③参照。)

 

現行106万円の手取り収入を維持するには138万円稼がないといけない。

Aさんが手取り重視の働きを希望される場合、年収106万円を超えると手取りは15万円減り、加えて夫の扶養を外れると、今まで支給されていた家族手当がなくなる(夫の給料が減る)場合があるので、家計全体トータルに考えた場合、年収106万円を超えて、現行の手取り収入を維持したい場合は、妻であるAさんが約138万円以上パートで稼がないと世帯の手取り収入を維持できないことになります。

 

実生活に近づけて具体的にお話を落とし込むと…

Aさんは、現在、106万円未満ぎりぎりで働いています。時給は1,000円です。収入は106万円に抑えて働いているので、賃金月額は87,000円ほどです。1か月あたり17日ほど働いています。

朝は6時に起きて子どもと夫のお弁当作りをして、洗濯物を干してから、中学生と小学生の2人の子どもを送り出した後にパート先へ向かい、9時からお寿司屋さんのホールスタッフとして働いています。9時から14時の5時間、途中休憩なしで働いているので、パートが終わる頃にはヘロヘロです。

 

帰宅前に、スーパーへ寄って買いものをして、15時前に帰宅します。Aさんはお昼ご飯を食べていませんので、帰宅後、家にあるちょっとした物をつまみながら夕ご飯の支度にとりかかります。

そうこうしているうちに、小学生の子どもが帰ってきます。夕ご飯を作りながら、子どもの宿題をチェックしつつ、習い事に行く準備を済ませ、子どもを習い事の教室まで送り届けます。

そうすると、だいたい17時になっています。洗濯物を取り込み、夕ご飯を作りを終え、子どもをまた教室まで迎えに行きます。19時、子どもと夕ご飯を食べるといったルーティンです。

106万円未満で働いているAさんは、5時間のパートといっても結構ハードな1日を送られていることが分かります。

 

手取り収入を今までどおり維持するためには何時間働く必要がある?

今後、Aさんが106万円を超えて働き、かつ、手取り収入を以前と同じように維持するためには、138万円ほど稼ぐ必要があるので、

労働時間になおすと…
138万円÷1,000円(時給)=1380時間/年間、すなわち、1か月あたり115時間(1380時間÷12か月=115時間)以上働かなければならない計算になります。

つまり、今までより1か月あたり28時間ほど(115時間-87時間=28時間)労働時間を増して働く必要があります。

ざっくり言えば、30時間くらい働く時間を増やさないといけないということです。

仮に1日あたり1時間働く時間を増やすことを条件とすれば…

1日あたり5時間勤務で月平均17.5日稼働から、1日あたり6時間勤務で月平均19日稼働するという生活に変わります。

パート先のお寿司屋さんでAさんは、休憩時間なしで働くことが雇用条件なので、6時間勤務、休憩なしのぶっ通しで働くことになります。

これはポイント!年収を1か月あたりの稼働日数と総労働時間にする計算式

  • 年収÷時間給=1年間の総労働時間数
  • 総労働時間÷12か月=1か月あたりの総労働時間数
  • 1か月あたりの総労働時間数÷1日あたりの労働時間=1か月あたりの稼働日数

これは知っとこ!労働基準法第34条休憩時間について

休憩時間については、労働基準法第34条で、「労働時間が6時間を超える場合においては少くとも45分、8時間を超える場合においては少くとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と定められており、労働時間6時間のパート従業員の場合は、6時間を”超えない”限り、休憩時間がなくても違法とはなりません。

 

ワークライフバランスとプライオリティを考えてみる。

Aさんの平日ルーティンから、たった1時間パート勤務時間を増やすことになった場合でも、休憩時間なしで帰宅後に、子ども送り迎えや夕ご飯の支度など、帰ってからの家事労働がとてもハードであることは、子育て世代には容易に想像がつきます。

このように、更年期も重なる子育て中の年齢層のパート主婦の方が、家庭生活に疲弊してでも、厚生年金に加入して、65歳からもらう年金額を増やすことが先決なのか、プライオリティがそこまで高いのか、Aさんのご状況から考えると、必ずしも即座に「YES」とは言い難いのではないでしょうか。

 

手取り年収だけでなく健康で無理なく働けるか考えてみる。

また厚生年金に加入することで、将来の所得保障に加えて、万が一のケガや病気の備えもできるとも言われていますが、もし、家庭の多くのことを担っているパート主婦が、障害厚生年金3級を受給する事態となれば、「明らかに家庭生活は維持できず崩壊する」、あるいは「崩壊しかけてしまう事態に陥る」ことになります。

そのような点から、”健康で無理なく働き続けることができることがいちばん大事”なんじゃないかなと思います。

 

ここはおさえとこ!年収の壁を越えて働くときに考えたいこと

今般の物価上昇に対する賃金向上策の一環として、年収の壁を意識した働き損を解消する対策が国に求められますが、
とにもかくにも、家庭ベースで考えたいことは…

手取りを重視した働き方をするならば、パート時間を増やしても家庭生活に影響はないか→ワークライフバランス的にどうなのか?

・今までどおり扶養範囲内で働き、家庭重視の生活を維持していくことの方が、家族にとって、ご自身にとっての幸せにつながっていくか(働く時間を増やすことで家族の笑顔が消えないか)→家庭のプライオリティはどこにあるか?

このような視点から考えなおしてみて、できれば家族みんなと話し合いながら、パート勤務における働き方について考えてみてはどうでしょうか。

 

【パート主婦Aさん】
「なるほど~。よくわかりました。実際、結局のところ、家事全般のほとんど全ては私が考えて動いてまわしています。子どもたちも夫は何もできないのは分かっているので、頼りにしていません(苦笑)。たまに私がこれお願いって時間はかかるけど、比較的簡単な仕事ふっても忘れてたり、どこかしらぬけてたりしています(泣)年収106万円を超えて働いても、家族が幸せでなければ意味がありませんよね。夫とも話し合い、今後の働き方についてよく考えてみたいと思います!」

 

ここはおさえとこ!年収の壁を越えて働くために

国が講じなければならない施策や、事業主が経営者側からパート従業員の働き方を考えることはもちろんのこと、それぞれの立ち位置から考えなければならないことは山ほどあります。

パート主婦側の視点で考える上で大事なことは、パート主婦の年金権の確立もさることながら、家庭生活が崩壊しないような働き方はどんな働き方なのか、家族が幸せになる働き方についてよく考えてみる、そして何より、ご自身の健康あっての働き方ができるかどうか、そのような点から考えてみることは大事ではないでしょうか。

 

次回は、引き続き主婦の働き方改革と題して、「夫婦仲良く長生きしなければパート主婦の老齢年金は意味がない?!」、「老齢年金は先充てされて遺族年金の上限額で頭打ち」、「厚生年金加入より、国民年金付加保険料に入った方がお得なんじゃない?」、「離婚時年金分割は夫婦どちらもプア―になる」といったテーマでお話を進めていきます。

 

 

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