令和6年 治癒認定関係再審査請求事件および再発(悪化)に伴う労災再発認定
【長時間労働による急性大動脈解離発症から8年経過後に労災打ち切りとなったNさんについて】
1.請求人(Nさん)の療養補償給付等給付たる療養の費用の不支給決定と再審査請求における棄却までの経緯について
Nさんは平成26年2月13日、長時間労働による急性大動脈解離を発症して再審査請求で労災が認められてから約7年間、療養補償給付を受けていました。発症から3か月に1度の定期検診や半年に1回毎にCT検査を受けるほか、一生服用しなければならない血液抗凝固薬の調整や血圧管理といった厳重な体調管理が必要な状態は発病から変わりはなく、家族のサポートのもと、職場の産業医面談も欠かすことなく仕事をしていました。
2.労働基準監督署からの労災打ち切り判断に係る調査について
発症より約7年経過した頃、「そろそろ病状は安定している時期ではないか。」という連絡と併せて書面による通知が労働基準監督署から入り、Nさんは「まだまだ病状は不安定で体調がよくない日もあり寝込む日が増えている。」という申し出をしましたが、労働基準監督署の調査の結果、「症状は既に安定している。」という判断がなされ、「急性大動脈解離の治癒年月日は令和4年12月31日である。」として令和5年11月22日付けで労災は打ち切られ、令和5年12月1日当該不支給決定通知の謄本がNさん本人へ通達されました。Nさんはこれを不服として大阪労働者災害補償審査官に審査請求をしましたが、令和6年9月26日付けに棄却となり、その後労働保険審査会へ再審査請求による不服申立てを行いました。

↑労働保険審査会から送付されてきたNさんの10年間に及ぶ労災認定経緯と請求代理人社会保険労務士中野の意見書をまとめた事件プリント2冊は厚さ6㎝を超える
3.再審査請求(不服申立て)を維持し治癒後の再発として労災を同時請求
Nさんは労災が打ち切りとなった令和5年12月1日から僅か1か月足らずの令和6年1月12日に体調不良を訴え、緊急で大学病院に連絡を入れて診察してもらったところ、再解離(三腔解離)していることが判明し、当日に即入院となってしまいました。Nさんの請求代理人である社会保険労務士中野は、Nさんからの相談を受け、急性大動脈解離の治癒認定そのものが誤りであるとする不服申立て(再審査請求)と急性大動脈解離の悪化(再発)であるとする労災申請を同時に進めることを行いました。
4.労働保険審査会棄却裁決と再発としての労災認定決定
令和7年1月6日、Nさんの携帯電話に薬局から連絡が入り、「アフターケアから労災に切り替わっているので、薬局のレセプトがエラーではじかれた。」と電話がありました。請求代理人である社会保険労務士中野が薬局に電話で確認したところ、「Nさんが再解離で倒れて緊急入院した日である令和6年1月12日に遡って労災に切り替わっていることを(薬局が)監督署に確認したので、労災申請した用紙の控えを持ってきてほしい。」と薬局の回答を受けて初めてNさんの再発が労災認定されたことを知るに至りました。
請求代理人中野は大阪中央労働基準監督署労災課へ架電し、再発として労災が再認定されているか事実確認をしたところ、再発として5号で申請が通っているとの返答があって再発認定された事実確認をすることができました。しかし、不服申立てによる認定決定とは違い、労災が認められた(再発認定)という通知は請求人Nさんに送付されないといった説明を受けました。5号は現物給付であり、再発の場合でも申請が通れば通知は何ら本人へ通知されることはない、5号では通らない場合に限り請求人へ手紙を出すとの説明を受けました。
5.労働保険審査会棄却裁決について~治癒認定そのものが誤りであったことに対する今後の影響は?~
Nさんは今回の再発において長時間労働はしていなかったものの、再解離(三腔解離)は初発の急性大動脈解離と相当因果関係があるとして再発労災が認められましたが、労災の打ち切りがされてから僅か1か月ほどで再解離したため、労働基準監督署の治癒認定そのものが誤りであったことは明らかです。今回、Nさんの請求代理人として意見書と証拠資料、主治医意見書を提出して労働保険審査会への治癒認定不服申立と同時に再発労災の申請を行い、結果的には再発として労災認定されたので約1年ほど労災ではない空白期間ができてしまったものの、Nさんが経済的に失うものはそれほど大きいものではなかったと言える一方で、一生治る病気ではない内的疾患である大動脈解離の労災における法的問題点が浮き彫りになった格好となりました。
6.大動脈解離の悪化(再発)及び治癒認定における争点と意義について
Nさんの急性大動脈解離後の三腔解離による「労災としての再発」と「治癒認定そのものが誤りであったとする労働保険審査会への再審査請求」を同時に行い再考した内容をまとめると以下7つが挙げられます。
① 専門検討会報告書において症状の経過を慎重に見極める必要がある理由として説明されている、偽腔開存型の解離が残すものは「症状が安定しないものが多いことから」という最も肝心な部分の引用をせず、報告書の趣旨からすれば本来は治癒判断の重要な一要素にすぎないはずの「急性期経過後少なくとも5年間にわたって大動脈径がほとんど拡大しないこと」の確認が唯一の要件のような説明がなされて、それへの当てはめだけで事足れりとされている。
② 症状が安定しないものが多い」という特徴からすれば、治癒判断からわずか1年余り後に再解離したことを単なる事後の事情だと切り捨てることにはならないはずであるにもかかわらず、「事後の」事情だというのは、治癒認定が正しいという結論を前提にしているので、循環論法にすぎず、何の説明にもなっていない。
③ 判断のベースになる大動脈解離がどのような病気で、その中でも偽腔開存型がどのような病態で、症状推移をどのように理解すべきかという基本的な部分がきちんと検討されなかったことと、主要な医証が治癒を肯定する内容になっていた(現在の主治医とは異なる単発で診察をした医師による診断書が治癒認定時期のタイミングで唯一の医証とされた)ことが、今回の結論の主な要因(棄却)となっている。
④ 今回認定された再発後の次回の治癒がいずれまた問題になるであろうことから、将来に向かっていい加減な治癒認定をされないため(正しい治癒判断をさせるため)の予防線にはなったと言えるのではないか。
⑤ しかし、審査請求段階では、大動脈解離に関する専門検討会報告書及びそれを踏まえた認定基準に基づく判断がなされていなかったという根本的問題があった。(請求人の傷病は昭和23年1月23日付け基災発第3号通達に示された労災保険の治癒(症状固定)の時期に達しているものと判断され労災打ち切りとなった。)
⑥ 今回の再発認定で当面の労災補償給付の心配はないとしても、遅かれ早かれ再び治癒認定の問題が再燃するから今後、前回のようなおかしな治癒認定をさせないためには、可能な限りきちんとした主張立証をして審査会で判断してもらっておく意味は十分にあったと言えるのではないか。
⑦ 再発認定されたので、仮に再審査請求棄却になっても失うもの(経済的逸失利益など)はそれほどなく、むしろ次回の治癒認定を慎重にさせる効果は期待できるのではないか。
7.審査請求代理人として今後果たすべき社会保険労務士の使命について
Nさんは再び被災労働者として労災からの補償を受けることができるようになり大変安心されて治療を継続しています。労災における脳心臓血管の認定基準や労災の打ち切りの判断は医学的な判断はもとより、被災労働者の症状推移をどのように理解すべきかという基本的な部分がきちんと検討されるべきであることを強く今回の治癒認定関係再審査請求事件および再発(悪化)に伴う労災再発認定から学びました。そして何よりも、請求代理人として被災労働者の方が安心して療養できる法的な道筋を立てていくことが社会保険労務士としての使命、役割であると改めて考えさせられたNさんの治癒認定関係再審査請求事件でした。